かなざわの人物
かなざわの人物 卜部兼好

 ウラベカネヨシ 兼好法師 ケンコウホウシ  生没年不詳。  正平7年(1352)までの活動が確認されている南北朝時代の歌人・随筆家。『徒然草』著者。  かつては「吉田兼好」と呼ばれましたが正しくありません。官人(蔵人 […]

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かなざわの人物 顕弁

ケンベン 1269-1331 鎌倉時代の三井寺の大僧正。  月輪院と号しました。北条顕時の子、15代執権貞顕の異母兄です。12歳で出家し、鶴岡八幡宮寺9代別当隆弁(四条隆房の子)の弟子となり修行に励みました。三井寺(園 […]

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かなざわの人物 本如房 湛睿

ホンニョボウ タンエイ 1271-1346 鎌倉時代末期から南北朝時代の学僧。  20代の頃は奈良・般若寺の真円に師事した他は、詳らかではありません。正安2年(1300)以降、鎌倉の浄光明寺・極楽寺・多宝寺そして称名寺 […]

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かなざわの人物 明忍房 釼阿

ミョウニンボウ ケンナ 1261-1338 鎌倉時代末期から南北朝時代の真言僧。  出自は不明ですが、北条氏縁故者かもしれません。弘安2年(1279)称名寺に入り、審海・了禅・源阿・源俊らに真言密教を学び、以後神道・梵 […]

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かなざわの人物 朝比奈三郎義秀

アサヒナサブロウヨシヒデ ?-1213? 鎌倉時代初期の武将。  鎌倉幕府初代侍所別当・和田義盛の三男です。義盛は源頼朝に重用され、2代将軍頼家の代、合議制による重臣13名の一人でした。母は木曽義仲と共に戦った巴御前 […]

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かなざわの人物 上総介広常

カズサノスケ ヒロツネ ? -1183 千葉広常。平安時代末期の武将。  六浦から横浜横須賀道路方面へ、バス停「朝比奈」近くに五輪塔があります。昭和56年道路拡張工事中に失われ、3年後地元有志によって再建されたものです […]

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かなざわの人物 川合玉堂

カワイギョクドウ 1873-1957 日本画家。本名は川合芳三郎  明治6年11月愛知県葉栗郡外割田村(一宮市木曽川町外割田)の長良川沿いで誕生。子供の頃から絵の才能が評判で、幼くして看板や岐阜提灯を描いていたという […]

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釜利谷の戦国武将・伊丹氏の歴史 <その10 手子神社創建> 

 手子神社の創建について考えてみます。当初、釜利谷笹下道路バス停「宮が谷」(釜利谷東4丁目)に近い民家の裏山*27、竹林の平場にあったと伝えられています。江戸時代初期の延宝7年(1679)4月、伊丹氏出身の浅草寺智楽院別 […]

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釜利谷の戦国武将・伊丹氏の歴史 <その9 続・謎の浄願寺から龍華寺へ>

 なぜ龍華寺の涅槃図が法雲寺に伝わったのか。それは永禄4年(1561)3月~閏3月、上杉謙信*26が北条氏の小田原城を攻めた際、上杉の軍勢が鎌倉近辺で多数の寺社に乱暴狼藉を働き、什宝を略奪して去りました。龍華寺もこの時奪 […]

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釜利谷の戦国武将・伊丹氏の歴史 <その8 謎の浄願寺から龍華寺へ>

 洲崎に真言宗御室派の知足山龍華寺*22があります。源頼朝ゆかりの浄願寺と光徳寺の名跡を併合して、明応8年(1499)光徳寺最後の住持融辨が建立しました。『金沢龍源寺略縁起』*23によれば、浄願寺の場所は「六連の山中」に […]

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