井上泰利文庫
▶釜利谷の戦国武将・伊丹氏の歴史 <その13 宇賀山王社と大久保主水忠行>

福松山慈眼寺自性院*38は真言宗御室派です。『新編武蔵風土記稿』坂本村の項には、「古義真言宗 洲崎村の龍華寺末 福松山と号す 本尊阿弥陀は立像 開山開基詳ならず」とあります。現在は聖観世音菩薩です。 また寺に隣接する宇賀 […]

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▶釜利谷の戦国武将・伊丹氏の歴史 <その12 三河守某と自性院>

左京亮が鎌倉公方または伊勢宗瑞(早雲庵)の家来であったとする憶測のような記述をかつて見ましたので、念のため検討してみます。永享の乱で永享11年(1439)2月、足利持氏は自害し鎌倉公方は不在となります。持氏の四男万寿王丸 […]

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▶釜利谷の戦国武将・伊丹氏の歴史 <その11 伊丹屋敷と夏島>

『新編武蔵風土記稿』(地誌 1828年成立)の坂本村の項に「堀之内 古伊丹氏 居住せし所と云」とあります。「堀之内」は小名(小字)で、現在の釜利谷小学校周辺と考えられ、この地に伊丹氏の館があったと思われます。遺構はありま […]

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かなざわの人物 卜部兼好

 ウラベカネヨシ 兼好法師 ケンコウホウシ  生没年不詳。  正平7年(1352)までの活動が確認されている南北朝時代の歌人・随筆家。『徒然草』著者。  かつては「吉田兼好」と呼ばれましたが正しくありません。官人(蔵人 […]

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かなざわの人物 顕弁

ケンベン 1269-1331 鎌倉時代の三井寺の大僧正。  月輪院と号しました。北条顕時の子、15代執権貞顕の異母兄です。12歳で出家し、鶴岡八幡宮寺9代別当隆弁(四条隆房の子)の弟子となり修行に励みました。三井寺(園 […]

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かなざわの人物 本如房 湛睿

ホンニョボウ タンエイ 1271-1346 鎌倉時代末期から南北朝時代の学僧。  20代の頃は奈良・般若寺の真円に師事した他は、詳らかではありません。正安2年(1300)以降、鎌倉の浄光明寺・極楽寺・多宝寺そして称名寺 […]

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かなざわの人物 明忍房 釼阿

ミョウニンボウ ケンナ 1261-1338 鎌倉時代末期から南北朝時代の真言僧。  出自は不明ですが、北条氏縁故者かもしれません。弘安2年(1279)称名寺に入り、審海・了禅・源阿・源俊らに真言密教を学び、以後神道・梵 […]

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かなざわの人物 朝比奈三郎義秀

アサヒナサブロウヨシヒデ ?-1213? 鎌倉時代初期の武将。  鎌倉幕府初代侍所別当・和田義盛の三男です。義盛は源頼朝に重用され、2代将軍頼家の代、合議制による重臣13名の一人でした。母は木曽義仲と共に戦った巴御前 […]

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かなざわの人物 上総介広常

カズサノスケ ヒロツネ ? -1183 千葉広常。平安時代末期の武将。  六浦から横浜横須賀道路方面へ、バス停「朝比奈」近くに五輪塔があります。昭和56年道路拡張工事中に失われ、3年後地元有志によって再建されたものです […]

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かなざわの人物 明治憲法起草の四人

 明治期~昭和初期の官僚・政治家。明治20年(1887)大日本帝国憲法草案を起草するため4人が金沢に集まりました。伊藤博文(イトウヒロブミ 1841-1909)・井上毅(イノウエコワシ 1844-1895)・金子堅太郎 […]

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