かなざわの人物 小山若犬丸

オヤマワカイヌマル ?-1397 室町時代前期の武将。

 京急金沢八景駅から国道16号線を南下して右折し、環状4号線に入り鎌倉方面に300mほど進み、「六浦」バス停・上行寺右手が御伊勢山の尾根で、その突端は崖となっています。今はコンクリートの擁護壁に覆われて、先端部分は多少の平地があり、松と竹林の中に古い五輪塔が3基並んでいます。小山若犬丸の二人の遺児と乳母の墓と伝えられています。かつては崖下には地蔵堂があり墓に登る道もあったそうです。

 『鎌倉大草紙』に小山義政の乱が記されています。義政は若犬丸(隆政)の父で、下野(シモツケ)祇園城(栃木県小山市)の城主でした。南朝方の義政は領地争いで宇都宮基綱と対立し、鎌倉公方足利氏満の制止を無視して天授6年(康暦2 1380)基綱を攻め敗死させました。氏満は関東8ヶ国の武士に義政追討を命じました。義政は善戦しましたが、弘和2年(永徳2 1382)祇園城に火を放ち粕尾川で自害しました。

 生き延びた若犬丸は田村・小田氏ら豪族の支援により反乱は続き、応永4年(1397)1月逃れた会津の地で自害しました。二人の子(宮犬丸7歳・久犬丸5歳)は三浦左京大夫(芦名詮盛)に捕らえられ鎌倉に送られて、六浦の海に沈められたと伝わっています。地元の人が憐れんで墓を建てたのでしょう。

(村尾篤彦)

かなざわの人物 小山若犬丸” に対して3件のコメントがあります。

  1. 小山恒二 より:

    教えていただきありがとうございます。
    金沢には二度ほど伺いましたが、全く知らなかったです。私は小山隆政(小山若犬丸)の子孫です。誰が建立くださったのか。行ってみたいです。

    1. hirose より:

      このサイトを管理している廣瀬と申します。小山隆政氏の子孫の方なんですね。小山文子さんという方が供養塔を建てられています。ご存知ですか?金沢に来られましたら、ぜひ、ご参拝ください。この記事も参考にしてください。
      https://itami-yellzaidan.com/content/2022/06/12/wakainumaru/

      1. 小山 より:

        廣瀬様、ありがとうございます。
        ご連絡差し上げます。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。